女子部の「教えて専門家」というコーナーに、いくつか質問が寄せられてます。
「速読の本を買ってトレーニングをしているのですが、速く読めるようになっても、理解はできていません」というようなちょっと哲学めいた質問がいくつか来ています。
なにが「哲学めいている」かというと、速いかどうかは別として「読める」というのは「文字に書かれている内容を理解すること」と、私なら考えるのですが「理解はできていません」と。
はて?
理解できていないのなら「読めていない」と考えるべきなのですが、どうやら何か意思疎通をする上で、重大なすれ違いがあるようです。
まぁ、速読に初めて取り組む時に「読めているけど理解できない」というような話はよくあることですので、この業界にいる人間として言わんとしてることはよーく分かります。
こういう状態を「言語明瞭意味不明」と呼んでいます。
とあるFC展開している教室では、意味が分からなくても目を通せれば「読めた」ことにして記録してしまうそうです。ですから「誰でも1万文字クリア!」なんていうスゴイ成果が出てしまうんだそうです。はい。恐ろしい話ですね。
「これでは理解できていない気がします」と文句を言うと「普段の読書でも同じ様なものですよ」と切り替えされるんだそうですね。いや~、それって何のための速読・読書なんでしょうね?(^^;
そういう大げさな話は例外としても、私たちは同じ言葉を使いながら、正しく意思疎通ができていないということが、しばしば起こります。
例えばスゴイ人(コンサルタントや社長さんなど)が書いた本で「多読」「乱読」を勧める本があります。「レバレッジリーディング」の本田氏も「速読より多読」と主張しています。
しかし、冷静に考えれば分かるのですが、多忙なビジネスパーソンが1日に3冊も読むってことは、どう考えても速読をやっているはずです。多読は基本的に速読ができて初めて可能になるものです。通常は。(暇人なら別ですが。)
本人に確かめたことはないですが、私の推測では本田さんはばりばりの速読実践者のはず。
いわゆる「成功者」と呼ばれる人で、読書家を自称する人はたいていの場合、考えられないようなスピードで本を読みます。私の知る限り。
1ページ5~6秒で読んで熟読っていうこともあります。
そういう人が「速読は必要ない」なんていっても、それは「1ページ1~2秒なんていう超絶な速読」を指しているのであって、その人達が言う「通常の読書」は、普通の人の考える速読である場合が多いものだってことは理解しておく必要があります。
GMOの熊谷氏は、その著「一冊の手帳で夢は必ずかなう」で「速読を学びたい」と書いていらっしゃいます。
熊谷氏と親しい方に「ただでレッスンしますよって伝えてくれません?」って言ったら、「熊谷さんは1ページ数秒で読む人だから、彼の言う速読ってのはぱらぱらぱら~って読むような速読のことだと思うよ」って笑われました。
同じ「速読」という言葉、「読書」という言葉でも、イメージしていることが全然違うわけです。
そういうイメージのズレが、「感心できても参考にならない」「参考にしようとすると、何か無力感を覚える」という挫折感を生んでしまうことが、よくあります。
スゴイ人の書いた本を読んで感心するのはいいことですが、言葉通りに受け止めるのではなく、その人の立っているステージを理解し、その人の言わんとしている真意をしっかりとくみ取れるようにしたいものですね。
最初にご紹介した「速く読めても理解できない」というのは、「読書」という行為の本質を見失ったものであり、速読教室の煽りに踊らされているだけです。
言葉の奥にあるものを上手に受け止められる冷静さと洞察力を身につけたいものです!
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by 寺田 昌嗣
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